東日本大震災と原発事故から6年を機に考える

 また1年が経ちました。復興関連の仕事に関わらせてもらっているので原発事故を忘れることはありませんが、あのころに感じたいろいろな思いは、やはり薄れてきているような気がします。

3年ぶりに亘理町を訪問

 昨年の12月には、亘理町に立ち寄ることができました。2011年の6月に初めて訪れ、当時は絶望的な気持ちで眺めたがれきの山があった場所も、すっかりきれいに整地されています。2013年の7月に置かれていた波消しブロックはなくなり、巨大な堤防が作られていました。
 
荒浜7


 鳥の海の入浴施設も営業を再開していました。お昼に「はらこ飯」を食べたかったのですが、その数日前にシーズンが終わってしまっていたため断念。いつか食べに行きたいものです。
 


 荒浜の中学校は新しくなっていました。津波被害を受けた校舎と、それが取り壊された更地の光景を見ているだけに、なかなか感慨深いものがあります。
 


 また、つい先日も南相馬市へ行く用事があり、電車だったので岩沼から常磐線で南下することになりました。途中で亘理駅も通過。最初に行ったころは、亘理までで止まっていたのを思い出しました。
 

 写真は帰り道で。全線開通までは、もうしばらくの辛抱でしょうか。

亘理町滞在記01

2011.06.15

2年ぶりの亘理町

2013.07.15

原発事故と仕事とのつながり

 原子力損害賠償・廃炉等支援機構の相談員としては、6度目の春を迎えることになりました。事故の翌年あたりに、賠償期間の説明資料に平成27年や平成28年と書かれているのを読んでかなり先の話に感じたものですが、いつの間にかその日も過ぎていました。

 福島での電話相談員は、平成28年の3月までで引退させてもらいました。福島から戻って2年半、月に一度の夜勤を休まずに続けたのではないでしょうか。本年度は事務方としてお手伝いさせてもらっています。

 そして、4月からは福島相双復興官民合同チームという組織の中で、復興コンサルタントとして活動しています。避難指示の解除も進み、来年度はさらに忙しくなるのではないでしょうか。

まとめ

 損害賠償支援機構からは、行政書士として委嘱を受けています。また、電話相談の組織からは、社労士としての役割を求められているようです。そして、官民合同チームから専門家として誘われたのは、認定支援機関だったからでした。
 考えてみると、事故の当時は行政書士の登録すらしていなかったわけで、この6年で私の生活も大きく変わっていたようです。原発事故がなかったら、今ごろは業務の内容も大きく異なっていたことでしょう。

 いずれにせよ、次の1年も今の環境でがんばっていきたいところです。

東日本大震災と原発事故から5年を機に考える

2016.03.11

ブログから本が生まれました!


「相続を気軽に学べる解説書を」ということで、八王子の行政書士・社労士の井出さん(至誠法務労務サポート代表)と一緒にコツコツと書き溜めたブログが、1冊の本になりました。
 100の題材を「相続」「遺言」「成年後見」「終活」の4章に分け、各タイトルは五七五の川柳形式にしてあります。口語調の解説文が「わかりやすい!」と評判です。

ABOUTこの記事をかいた人

はちおうじ総務相談所の長岡です。

GONZOを名乗りながらも、当たり障りのない記事を書いています。
中小企業の経営に役立つ情報を発信していきたいと思っているのですが……